睡蓮・・

今朝5時過ぎには蕾状態の睡蓮。7時過ぎにはきれいに開花。これから当分楽しめます。
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昨日ぐらいから一斉に花開いた遅咲きのサツキ。
サツキは3月の終わりごろから順番に咲いていてこのサツキが最終。
春から夏は沢山の花が咲いて心がさわやかになる。
睡蓮の水瓶には3匹のメダカが住んでいる。
メダカも少しだけ気を使って水の管理などしてやればとても長生きする。
毎朝覗いては元気さ加減を確認している。
この睡蓮もほとんど手入れらしいことはしないが記憶いないぐらい長く花を咲かしている。

 

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靄がかかりっぱなし

このところの日本は特に清廉潔白であって欲しいと思う世界があまりにももやもやしている。
確かに世の中、何事も清廉潔白なきれいごとだけではことはうまくいかないのは理解はできるのだが、どうもあまりにもそのレベルの低さに、ついには愛想が尽きてしまいそう。
本人たちはそれなりに真剣にやっているのだろうが冷静に俯瞰してみてみると、どう見ても何もかも見え透いてしまっているようで頭かくして尻隠さずのごとくだ。
真摯な心が失われていて自己中心の思いが優先されすぎているとしか見えない。
こういうことを誤魔化しの中で延々続けていると、何が常識なのか正義なのか分からなくなり、それは当事者たちの世界だけでなく、我々一般の国民の判断基準の在り方そのものが全く分からなくなる。
何とかしてほしい、あるいはもういい加減にしてほしいと叫びたくなる。
先の見えない状態は早々に靄や霧を吹きはらって、少なくとも視界は良好な状態にもどしてほしいものだ。
嘘はつくほど嘘を呼び、どんどん上塗りせざるを得なくなる。
もうすでにその中心にいる人でさえ何が真実で何が偽りなのかわからなくなっているのではなかろうか。
長くそんな状態の中にいると正常な感覚がどんどん麻痺してしまう。
その状態は考えてみると非常に恐ろしい状態かもしれない。
これから、もしかすると想定外の出来事が起きるのではないだろうか。
ちょっと話が飛躍しすぎたかもわからないが、国の中心が揺れ動いているようでは国全体を幸せにうまくまとめることはできないだろう。
何とかこの暗たんたる雰囲気をすっきりさせてほしいと切に願う。
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デニムの未来

さまざまな経過を辿ってきたデニムの世界。
デニムイコールジーンズという関連性のなかで、素材と製品の相互作用で成長してきた世界。
木材と家屋というバランスに似ている。
昔の日本では家屋イコール木材という関連性で林業は成長してきた。
その後、一次産業から二次産業へ。
そして今、三次産業から四次産業へと時代が変化している。
デニムイコールジーンズという世界も、過去の家屋イコール木材という世界と同じように新しい材料の影響を受けざるを得ない。
自然の材料の良さを生かした、家屋以外の可能性を追求せざるを得なくなる。
かといって、木材の使用量が減っていけばいくほど日本の自然の環境も変化せざるを得なくなる。
山が荒れるということはそれだけ自然環境が乱れてくるこということだ。
海と森林に囲まれた日本のこれからについてしっかり考えなければならないが、デニムの世界では果たしてどうなのか。
デニムの原料である綿花はもうすでに日本国内ではほとんど生産されていない。
いろんな意味で日本産の綿花をいくらかは栽培しているが使用量に影響を与えるレベルでは全くない。
もとより海外からその原料は輸入しているわけで、メイドインジャパンとは言ってもそのほとんどは紡績、染色、製織、縫製の製品加工の部分が主である。
これからどうなるのかと考えると、デニムの将来はジーンズ以外の用途を考える必要がどうしても出てくるのだろう。
現在すでに様々な業界とデニム業界のコラボ企画が意識されているようだが、それらのデニムの使用量は残念ながら決して多くはない。
もともとデニムは大量生産することで存在感を示してきたわけで、わずかな量の生産では本来の価値は無くなっている。
木材もしっかり使ってしっかり植えてを繰り返すことで山が生きてくるわけで、伐採して燃料にするだけではいい木は育たない。
これからは守っていくべき世界と変化していくべき世界とに分かれていく。
守っていきたい日本の着物の世界があることはよくわかっているが、果たしでどれだけの人が普段着物を着ているかといえばそれはわずかでしかないだろう。
物の価値とは見る人、使う人の数によって変化してくるが、最終的には使う人の数によって実質的な価値は決まってくる。
リーバイス、リー、ラングラー、エドウィン、ビッグジョン、ボブソン・・といった大手ブランドでほとんどを占めていた時代から、ほとんどよくわからないブランドが数限りなく存在する時代へと大きく変化している。
すでに消費者が好きなように自分流で楽しむ時代になっている。
主導権は完全にメーカーから消費者に移っている。
デニムの良さは決して失われないだろうし、着物の美しさや素晴らしさも決して失われないだろうが、それらは消費者次第でこれから先も大きく変わっていく。
新しい価値とはその時代の変化とともに変化していく。
これから先、デニムの世界がどのように変化していくのかよくわからないが、デニムイコールジーンズとしての量産量販の時代ではすでになくなっている。
さて、これからどのような新しい変化がわれわれの前に現れるのだろうか。
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思い切り

このところゴルフの調子が今一だ。
時々こういう状況に陥る。
どこが悪いのか分からないがとにかく上手くいかない。
練習をしないのだから上手く当たらないのはよくわかっているのだが、そういう感覚ではなくとにかく上手くいかない。
とんでもないミスを犯してしまう。
こんなはずではないはずなのに・・と打つ手なし状態になる。
結局大いに悩んでたどり着くところは、あまりにもボールに当てることを意識しすぎて、その結果、思いっきりが悪くなっていたということだ。
人間どうしても上手くいかなくなると小さく小さくなってしまう。
心もそうだし体の使い方もそうで、なんで上手くいかないのかということばかり考えると、次第に思い切りは悪くなる。
よく高校野球などで見かけることだが、監督が選手にとにかく思いっきりバットを振ってこいなどと言って萎縮する心を和らげると、意外とすんなりバットが振れていいバッティングができることはよくある。
何事も考えすぎは決していい結果につながらない。 (池に6発も打ち込んでしまったという悪夢をまだ引きずっている)
                                                                                                             力を入れて過ぎて力むということではなく、従来通りに気持ちよくかつ思い切りスイングすることができればそれほどひどい結果にはならない。
人間とは本当に心の持ち方でいかようにでも変化してしまう。
妙に自信を持ちすぎることは決していいことではないが、バランスよくそれなりに自信をもって、思い切り何事にも挑んでいくために欠かせないのは意識の持ちようだと思う。
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内向き志向

今の日本は想像以上に内向き志向になっていると思う。
常に前に前に進んでいこうというよりも、いかに現状を維持しようかという風に見える。
国のトップ自身が外に外に向っていくよりは自分に都合のいい情況を作ろうとしている。
今起きている様々な問題はどれもこれも自分の立場をいかに守ろうかという色合いが非常に強い。
国の仕事をしながら自分の都合を考えている。
国民のためと言いながら自分の権限を守ろうとしている。
どう見てもそこにすっきりした目的意識を感じない。
支持率が先なのか仕事が先なのか・・・。
もとより真剣に国のためを思って仕事に打ち込めば、支持率の問題ではなく国民に対して国民のための自分の考えを明快に主張できるはず。
訳の分からない小理屈を並べ立てている人たちを見るとこの国の小ささがより見えてくる。
李下に冠を正さず、瓜田に履を入れずの言葉通り公明正大に振る舞ってもらいたい。
ただ単に見苦しいの一言である。
こういう訳の分からない理屈を先頭に立つ人たちが飽きもせずやっているようであれば、それを見ている若い人たちはどんな人に育って行くのか不安になる。
このあたりで自分中心の意識を本来の公のため国民のためということに改めてもらいたい。
それにはどうしても近視眼的に己の足元だけを見るのではなく世界のありように敏感になってもらいたい。
そのための費用は決して惜しいものではない。
日本は島国で、どこかに昔から言われる島国根性が身に付いてしまっているのではないかと思う。
意識が内向きになったとき、その世界はどんどん委縮してくる。
周りの人の顔色を窺うようになってしまうと、もうそこからは何も未来に向っていくような魅力的なことは生まれない。
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日本の若者

今や話の最初にメジャーリーガー大谷翔平選手の話が必ず出てくるほどの話題になっている。
それなりの話題を呼んでいたことは確かだが、これほど希望的期待などをものともせず、想像以上の活躍をするとはほとんどの日本のファンでさえ思ってなかっただろう。
絵になるというか、みんなの心を引き付ける雰囲気を持っていて、それまで私自身もさほど意識はしていなかったけれど、日本人の心を騒がせてくれているのは間違いない。
そしてエンゼルスのチームカラーの赤色がより人を興奮させてくれる。
その昔の野茂は青色(ドジャース)、イチローは紺色(マリナーズ)、松井は白地にピンストライプ(ヤンキース)。
それなりにシックで落ち着いたそれぞれにはぴったりのユニフォームカラーだった。
赤と白というのは日本の色でもありどことなく親近感も感じさせる。
ここで思い出すのは稲村和夫のいう「人生の方程式」だ。
そこでは人生や仕事の結果は 「考え方✖熱意✖能力」であるという。
どんな人もその道で頑張ろうとするからにはそれなりの能力や熱意は持っているだろうが、考え方に素直さや真剣さがかけることがよくある。
今の時代、特にこの「考え方」に真摯な面がかけていて自分の都合という面が表には出さないけれど強く内在していることが多い。
仮に考え方に不遜な点や自己中心的なマイナスと評価される点があれば、いくら能力や熱意があっても答えはマイナス評価でしかない。
これから先、彼がどんな流れの中でどんな成果を発揮するか分からないが、そういう面からみるとかなりの確率でどんな苦境にも対処できるのではないかと思う。
これからの長いレースをまず一年間どう乗り切るか。                         想定外の出来事は必ずある。
野茂、イチロー、松井とは異なってはいるがそれらに負けない能力を持ち、それでいてどう見ても憎まれそうにないあの童顔は、周りのみんなをうまく取り込んで、元気と勇気を発散させながらかつ己の能力をより高める柔軟性のある考え方をしていくだろう。
こういう若い日本人がスポーツだけに限らずいろんな分野にどんどん出てきてほしい。
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瀬戸大橋開通30周年

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世紀の大工事として長い年月を要して完成した瀬戸大橋。
架橋工事は日本の技術力の高さを示すもの。
車と列車の併用橋。
思い出してみると、これでわれわれの児島も大きく躍進するという期待を抱いていた。
30年といえば一世代の長さであり状況は大きく変化する年月である。
振り返ってみるとこの30年でこの児島は果してどのよう以変化したのだろうか。
携帯電話もなかった時代。
当然ハイブリッド車も走ってはいなかった。
橋が架かるまではあれこれ未来の可能性をアピールした。
しかしながら橋が完成してしまうといきなりトーンダウンしているように思う。
当時の通行料は恐らく世界で一番高かったのではないかと思うほど高く、地域の経済活動を推進するには程遠い価値観だった。
予定の車の通行台数に至るには倍の時間がかかった。
どう見ても単なる橋にしか思えなかった。
児島にとってもどれだけの経済効果があったのかを検証してみないといない。
それでも瀬戸内海の多島美を眺めながら渡る橋は素晴らしいものだと思う。
記念日を祝うことは素晴らしいことだが、これからの瀬戸内の経済の活性化にどう役立てればいいのかについてこれまで以上に真剣に考えなければならない。
50年も経てば今度は橋のメインテナンスが大変になってくるだろうから。
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さあ元気よく

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インブルー入口に鯉のぼりを揚げた。
ツツジと鯉とデニムスーツ。
果たしてそれらの関係は・・・。
五月晴れのもとデニムスーツが格好いいですよ・・・。
などと言うと微妙であるが、それでもなんとなくこの雰囲気はいいなという気持ちになる。
この場所に出店したときから私の希望だったので、この場所に鯉のぼりを揚げることがやっとできてとても嬉しい。
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世代交代

入学式、入社式など新しい流れが目に見える季節。
今年は桜の花もいいタイミングで咲き、わが社も絶好の入社式と新年度のスタートを切った。
28期目はこれまでの経験や実績をもとに一段の進化発展が望まれる。
だれもやらないことをやるということは、そこに前例はないのだから自らで道筋を開かなければならない。それだけ多くの経験と実践を必要とする。
人のやらないことをやろうとしているのだが人のことを気にしている自分たちがそこにいるのではないか。
今期はそういう意識の改革を図らなければただただ平凡な一年になってしまう。
若い人たちの発想の中にはマグマのように強いエネルギーが内蔵されているか。
次第におとなしくなっていく昨今の若者たちに何としてでも新しい世代の爆発を見せてほしいものだ。
世代交代は単に年齢だけの問題ではなく、若い人たちの突進力に経験者がついていけなくなったときに起きるべきである。
経験者の意見をまじめに聞いているだけでは世代交代は無理と言わなければならない。
心地よい人柄よりも切れがあったり棘があったりするぐらいの若者の方が私には刺激があり期待感もある。
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つくしの大群

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春になると桜もいいけれど下を向いてみると、様々な草花が芽吹いてくる。
私の家のすぐ裏の空き地に突然つくしの群生が現れびっくり。
これまでいろんなところで自然に生えているつくしを見てきたが、これほど多く生えているのは見たことがない。とにかく向こうの端までぎっしり生えている。
毎年草がしっかり生えるので管理している人が草刈りをするのだが、時折除草剤を散布するので、大丈夫だとは思いつつ食べるにはちょっと心配なのでこうして眺めているだけ。
それにしても、ほとんどこの場所には今までつくしはほんの少ししか生えなかったはずなのにどういう変化なのかわからない。
人間とは不思議なもので、わずかなつくしをあちこち探して何とか見つけて喜んでいるけれど、これだけあるとなぜか一歩退いてしまう。

 

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