なんでも無償はいいことか?

日本の政治政策の中に一般の国民の受け狙いなのかそれがいいことだと考えているのか分からないが、様々な公共的な費用を無償にするという話しが非常に多いと感じる。
確かにどんなことでも安いあるいは無償ということはありがたいと感じるだろう。
特に学校の授業料や給食費の無償化はごく一般的で親の立場から言えば非常にありがたいことなのだろう。
ただ特に教育というのは人間の人生における最も大事なことで、安易に無償にすればいいものだとは私は思わない。
みんなが平等に無償であればそれが一番いいことだと考えていると、子供たちが物の大切さやそれらの物を手に入れることの大変さを身をもって学ぶことの機会を失ってしまう。
楽をして得るものは非常に少ない。
思考力、判断力、計画性、忍耐力、協調性・・・その他人間として持っておかなければならない基本的な能力を身に付けるための機会が不十分になってしまう。
それによって短絡的な判断に偏っていくことは明らかである。
ましてや世の中には得体の知れないネット社会が拡大していて、本質的な考え方や行動が、バーチャルでありながらリアルに存在する感覚で溢れかえっているため本当の筋の通った考え方や理論は育ちにくいと思われる。
費用は安いに越したことはないが、無償ということは決して人を強くすることにはならないと実感している。
昔から「ばらまき政治」と揶揄されてきたことが無償という言葉をうまく使うことで同じような現象を起こしていると思う。
無償、補助金その他真剣に努力することを省略しては強い思考力や行動力は育たない。
これからの日本の未来を背負う若い人たちは温室の中からは決して育たないことを肝に銘じておかなければならない。
苦労、努力することの価値をどうやって伝えていくかが本当は大切なことだと思う。
人は歩き始めれば、まず転んで膝をすりむくことから自分を知っていくはず。
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