何かがおかしい

この数年、何かが次第におかしくなっている気がする。
それはあくまで私自身の感覚だと思うが、いろんな世界、業界そのものの質に変化があるように思う。
メイドインジャパンの信頼性は何年もかけて作り上げたものだが、もうすでにその根幹が緩んでしまっているのではないかという事実がどんどん表面化している。
人間にとっては常に真剣でかつ緊張した状態を保つことは非常に難しいことなのだろう。
築き上げるための時間や努力は半端ではないはずだが、それを知らぬ間に慢心した心がいとも簡単に壊し去ってしまう。
また驚くような残酷なあるいは軽いノリで重大事件を引き起こしてしまう例も驚くほど多い。
教育の無償化が叫ばれているが、果たして教育は無償化するだけでいいのだろうか。
むしろその教育内容を長期的計画的に考え直すべきではないのだろうか。
日本ではトップクラスの大学も世界のなかではその存在感はどんどん下がっている。
日本人って何なのか、人間とはいったい何なのか。
日本の向かうべき方向を安心・安全・幸せという雰囲気言葉だけで表現することの軽さ。
具体性を欠いた単に語感だけのいい言葉を使って賛同を得るやり方は決していいことではない。
最も大切な基本教育なくして、どう無償化するかとか、いつから英語教育をすべきかなどの浮ついた策ばかりが議論されることの不安さは誰も感じないのだろうか。
政府が政策や問題に対する答弁を丁寧にすることが改めて今ここでことさら大切なことだと主張されているが、それはもとから大切な基本の要素であるはず。
それさえも改めて丁寧に説明しますということで「なるほど・・」それで信用に値するなどと分からない評価をすることそのものがおかしいのではないか。
注意深くよく見てみると、表面上の雰囲気だけがどこか変わったように思えるだけで、ことの本質はほんのわずかも変わってないことに気付く。
忖度という言葉が急に意識されているがそんな簡単な駆け引きで事が進んでいくことそのことが問題である。
侃々諤々の議論が大切なのであって簡単に納得了解などあってはならない。
そこには必ず思い違いや誤解が生じる。
十分な議論がなければ勝手に思い込んだことを修正することさえできなくなる。
レベルの低いご都合主義であり自己防衛の浅い意識しか感じられない。
こういう時代には気を付けなければならない。
なんとなくことが進み知らぬ間に想像以上に厳しい状況に陥ってしまうことになる可能性もある。
日本とは日本人とはいったいどうあるべきなのか。
言論の自由が保障されているにもかかわらず忖度する意識が強くなることは最もまずい状況であるといえる。
決して昔がいいわけではないが、これからは改めてそれぞれの考えを明確に発言し、芯の通った強い、そして尊敬される国民、日本を意識しなければ一億総バラバラの国になるのではないかとさえ思う・・・。
広告
カテゴリー: Uncategorized パーマリンク