因果応報

本来仏教の考え方なのだろうが、いつの世の中でも人の行いはその人の未来に良くも悪くも影響するということだろう。
今現在の状況ばかりに目が行ってしまうのはほとんど誰でもだろう。                              その今現在は自分のそれまでの行いが影響しているとはあまり考えない。
それでも何か良くないことが身の回りに起きると、何か身の回りにそれをもたらす悪いことがあるのではないか、そう考えることはよくあることだ。
どんな出来事が起きたとしても、それらのことは自分の行いにいよってもたらされたと常に自分を戒めることができれば必ずそのうち気運はいい方向に変わっていく。
それでも世の中にはいいことは自分の力がもたらし、悪いことは周りがもたらすと考え易く実際にそう思って行動する人が多い。
良くても悪くてもそれらはすべて自分の歩んできた足跡であると考えれば、どんなに後悔の念を持ったとしても終わったことはすでに過去のことでしかなくなっている。
どうやっても取り返しはつかない。
だから常にそれ以上の注意と努力をしなければならない。
雑念なくそれができれば決して悪い報いはやってこない。
もしそうではないならば、どこかにそうではない心が潜んでいるからであると気づかなければならない。
売り上げが思うようにできないのはお客が来ないからではなく、お客が来てくれるための努力がまだまだ足りないと考えるべきである。
天気が悪いから、とても寒いから・・・などとよく言い訳を思いつくが、そういう口上を考えるのであればどうすれば天気に関係なく店にお客がやってきてくれるのかをしっかり考えるべきであろう。
真摯に考え努力している姿を見ていれば人は何かを感じ、どこかに心惹かれる新たな何かが生まれてくる。
そんなことを繰り返すことで決して悪いことがむやみに起こることにはならなくなる。
悪いことも行きにくい先と行きやすい先がきっとあるはず。
昔話の「金の斧、銀の斧」「こぶとり爺さん」などのようにただその瞬間正直で素直であればいいというものではなく、常日頃どうしているのかである。
因果応報は本当に単純な人間の世界に存在する真理のだと思う。
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