日本がおかしくなる・・・

前回の東京オリンピックの始まるころは、何が何でも前に向いて頑張ろうという雰囲気が強かったように思う。
しかし、それは我々もまだ中学生の時代で、世の中の仕組みも何もほとんど分からなかった。
それでも純粋に世の中がどんどん前に向いて動いているという実感があった。
あの素晴らしいオリンピックのポスターはみんなを引き付けるだけの力があった。
半世紀以上たって、また東京オリンピックがやってくる。
そのときと今では社会環境は大きく違う。
今ではオリンピックで何かが変わるという期待感はなく、ただ大きなイベントというぐらいにしか思えない。
社会の仕組みも大きく変わり、日本全体で何かをしなければという共通の目標を失い、ただ権力や名誉、そして金という非常に現実的打算的なことが卑近の目標になっている。
日本人は親切で優しくて正直な国民だというイメージが他の国にはあるようだが、どうもその時代はとっくに過ぎ去ってしまったのではないかと思う。
何かと人が小粒になってしまった現代においては一強と言われるような状況があちこちにでき、限られた人が権力を握ってしまう傾向が強くなっている。
常に控えめで堅実に周りのことを考えて行動するなどという表現は今や死語に近いのか。
今では日和見的で自分の損得に終始し、言い訳の多い人たちが中枢に集まってしまっている。
ごまかし、ねつ造、強圧行動、暴言、ハラスメントなど、どう考えても品格や厳格さを感じさせる行動、発言はほとんど見られなくなってしまった。
こういうことをしている間に世界の動きは日本に合わせてくれるわけではなく、どんどん新しいい方向へ動いている。
今や原子力発電は終わりを告げようとしているにもかかわらず、再稼働をどんどん進めている。
その上、石炭による火力発電所建設を海外に輸出しようとして脱炭素がテーマである世界から大きな非難を受けている。
それもこのプロゼクトは総理大臣自らがトップセールスをしている。
従来の石炭による火力発電に比べ15%も二酸化炭素の排出量を削減できるということがうたい文句らしい。
世界はほとんど再生可能エネルギーによる発電に移行しているというこの時期に・・・。
単に笑われるというより何を目指しているのかと疑われてしまっている。
国家予算も、いくらでも理由を付けで大きくしていき、財源が足りないところは増税で・・・とワンパターン化してしまって、人間の創意工夫する能力を全く発揮しようともしない。
無駄に使う補助金など止めればいいが省庁の都合ありきで延々続けている。
その結果、それをまことしやかな理由を付けて取り込み補助金成金まで出てくる始末だ。
メイドイン・ジャパンという表現も一つの呪文のように何かといえば一斉に唱えてはいるが、それを売りにするよりは本当にいいものを作っていくことが大事なはずなのだが、どうもそれがごまかしの入り口になってしまっている。
今のように絶対に安心できるという信用を得ていたはずの業界で品質のごまかしが普通に行われているということになってしまうと、今度はすべてがそういう目で見られるという危険性をはらんでいる。
そろそろ妙な御旗を利用するのではなく純粋に未来を見つめ人類の幸せを考える日本になってほしい。
そこには真摯さと真剣さが絶対に必要で、誰かが中途半端な権限を持って事に当たるという不幸な独裁的状況はなくしないといけない。
政界も財界も相撲界も・・・。
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