トップの責任

どんな組織でもそれを動かすリーダーがいなければ十分に機能しない。
国であれ会社であれ学校であれ組織を構成する以上は必ずその組織にはトップが存在する。
昨今の世界中の問題には、その組織を動かすリーダの意識が問題を引き起こす大きな要因になっている。
日本においても大方の問題の根幹にはリーダの意識が大きく影響していることは明らかである。
単純に、リーダーが清廉潔白で誰が見ても不正なところがなければ何の問題も起こりにくい。
問題が起きたとしても、その原因を自ら明確にして即座にそれを改めればことはそれで収まる。
人間は常に過ちを犯す。
それはどんな聖人君子であったとしてもときの流れの中では方向を誤ることは起こりうる。
残念ながら問題が延々と解決せず、どんどん見えにくくなっていくのは、誰のせいでもなくトップにいるリーダーの姿勢そのものによる。
トップはその組織における最高の権限を持つわけで、その権限をどの方向に向けて使うかによって状況は単純にもなり迷路に入ってしまうことにもなる。
その組織のトップに単純明快さが欠けているようであれば、それを明確にして部下たちが補っていけばいいのだが、どうしてもその潔さに欠けていることが多く、言い訳が言い訳を呼び何が何だか分からなくなってしまう。
部下たちも何をどうすればいいのか迷ってしまう。
結局権限が権力となりその強さが物を言うことになってしまう。
そこには正義も民主もなく権力者の存在だけが組織全体の上に覆いかぶさることになる。
結局、誰も身動きできなくなる。
そのうえ裏表を巧妙に使い分け、あるときは話は聞きますと言い、あるときは人の発言を遮ってしまう。
これが最もよくない権力構造であり組織の在り方である。
どうして日本がこういう不明確で権力志向の国になったのか。
これは恐らく責任と権限の使い方を誤ったということだろう。
責任を果たす意識が大きく欠けてしまい、それを権限ではなくより強い権力で隠してしまう、あるいは詭弁を弄して筋道の流れを変えてしまおうと力で押し切ろうとする。
権力を持った人間にしかわからない独特の世界に浸ってしまうともうそこから抜け出せない。
トップは常に潔く、足元だけに目を向けるのではなく、組織の進むべき未来に目を向け心から明快な夢を語らなければならない。
組織に属する人はその行いを見て自分たちのあるべき姿を意識することができる。

 

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