デニムという魔物

世の中がこれほど進化している時代に、頑なに原点に近い状況を守り続けている素材はデニムをおいて他にないのではないか。
極端に言ってしまえば、デニムにストレッチ性が付加されたということぐらいが大きな変化で、それ以外はほとんど原形のままではないだろうか。
繊維全体としてはこの間、科学の世界として大きく進化してきた。
そんな中でとにかくデニムだけは、昔はこうだったという懐古的な要素が大きく残っている。
それだけではなく、むしろ昔を外しては話が通らない組み立て方になっている。
私も、もうかれこれ50年デニムと付き合ってきたわけだが、その間当事者としてデニムをあれこれいじっていたころはそれなりに新しい感覚のデニムを創ったぞ・・・ということで変化しているんだと思っていた。
どっぷりその世界に入るということは、それがすべてという意識が非常に強いためにどこかお宅化しているところもあって、周りで誰が何を言おうともデニムが一番なんだという気持ちが非常に強かった。
その思い込みは今考えると異常ともいえるかもしれない。
ファッションがいろんな形で市場を拡大していく中で、デニムはなぜか延々とその地位を守り通してきた。
これだけ何も変わらない単純な素材がその価値を守り続けることはまさに不思議な現象である。
考えてみると荒野の中で丈夫な作業服が必要だということからその価値が認められ、その後のビジネスに繋がってきた。
その流れがいまだにデニム、ジーンズのビジネスの基礎になっている。
なぜにこれほどまでに延々と過去がそのまま生き続けるのかと考えてみると、決してハイテクの世界ではなく、ましてやビッグビジネスでなければ作れないものでもない。                                ミシンさえ持っていれば、あるいはジーズに関する興味と知識さえ持っていれば非常に簡単にその世界に入り込めるという、ある種のハードルの低いB級グルメのような感覚世界なのだと思う。
そういっては失礼だが、私はジーンズは一、二本持っていればいいのではないかと常に思ってきた。
それほどこだわる必要もなく、よく言われる丈夫で長持ちであれば一応の役割は果たすのではないかと思う。
それでもこのインディゴという染料の色合いは確かに人にとって心地よい色であると思う。
穿くほどにそれなりの生きざまを代弁してくれるとともに、一緒に頑張ってきたぞという運命共同体的な感覚になるのも確かである。
いくら時代が進んでもなぜかデニム、ジーンズの世界が現状維持を続けようとしていることは、例えば形態記憶素材のように、このデニムでこのジーンズ(5ポケットスタイル)を作り続けることが形態として記憶されているのではないだろうか。
2~30年前から比べると世の中の状況は驚くほどの変化を遂げているが、その中でも連綿としてその魂を替えずに維持し続けていることに不思議でもあり驚きでもある特殊さを感じる。
時代がいくら変化しても色そのものは無くならず、インディゴブルーの持つ感覚は恐らくこれから先も受け継がれていくと思うが、それはこれまでのジーンズによってのみ受け継がれるのかといえば、アイディア次第でもっとたくさんの可能性が見えてくるように思う。
デニムスーツもその中の一つだと思う。
さあこれからどんどん新しいことを考えよう。
そしてこの先がどうなっていくのかを楽しみにしよう・・・。
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