なぜ同じパターン?

このところの様々な組織の不祥事の共通点は、その背景に中心人物の実力、実績、権力、独裁・・という決まったパターンを持っているように思う。
スポーツ界も政界もそのほとんどがどうも本来のその組織は誰のためのものなのかというもっとも単純で基本的な事柄が次第に意識されないようになるところから妙な方向に流れるのではないか。
この組織は経験も実績もあるこの私がいるからこそ上手く機能しているんだと思うようになる。
確かに様々な経験やコネクションは大きな効果を発揮したのだろう。
そのうち自分がすべてやっているんだという錯覚に陥りより権力的になっていく。
私のやり方に従わなければオリンピックにも行けなくなるよとか、政治の世界でも要職からははずされますよという脅しが微妙な形で発信されるようになる。
様々な意見が自由に発言されることがまずは民主主義の基本だが、権力者ににらまれれば将来に影響するということになれば次第に反対意見は少なくなり、権力者の思うようにことが運ばれるようになる。
これは決していいことではないが、ある面では組織としてはことがスムーズに運ぶということでもある。
その結果、より権力者の自己満足が強くなり、物の本質を大きく曲げてしまうことになる。
そして、自由な発言どころかみんなでトップの顔色を見るようになってしまう。
さあ大変です・・・。
権力は独裁を生み、それによって最後は賛成者以外の人たちを排除したり大きく惑わせることに繋がっていく。
進歩発展し様々な経験もしたはずの日本でこんなに時代錯誤の現象がいたるところで起きているということは嘆かわしいというより末恐ろしい。
権力を持つこと、そして権力にぶら下がることはその人たちから見れば非常に心地良いことなのだろう。
様々な業界に存在するヒエラルヒーは内側の実情が一般の人たちにはなかなか見えないから余計に権力指向が優先されるのだろう。
目的がより効果的に達成できるようにするための組織のはずであるから、必ずしも問題を伴うとは限らないが、その組織のトップに立ってしまうと、その心地良さについつい自分の権限をより大きく広げようとしてしまうのだろう。
そのあたりから公私のけじめや真摯な心がどこかへ押しやられてしまうことになる。
それが続けば、その周りには、道を間違えることがあればしっかり諫言できる人たちが次第にいなくなる。いたとしても次第に遠ざけられていく。
これは残念ながら非常に後ろ向きの現象であって、新しい発想や研究、方法など状況を客観的立場でどんどん変えていくことに対して消極的になっていく。
ただトップに立つ人の考え方だけが最優先されることになる。
こういう後ろ向きで限られた選択肢しか認められない状況は大いに改められなければならない。
真のトップとは、物も言う、行動もする、人の意見もしっかり聞く、そして自分の考えをとことん説明する。
その際、強権や詭弁やごまかしは一切しない。
そんなトップであるべきだろう。
そして、われわれもしっかり考え責任をもって物を言うようにしなければならない。
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