想定外

様々な出来事が起きるたびに決まったように「想定外」という言葉が出てくる。
最近、豪雨や地震によって大きな被害が起きている。地震や豪雨は日本にとって特別のことではなくしばしば起きることである。
最近はこれまでの感覚ではイメージできない様々な現実が現れる。
そのたびにその関係者たちは異口同音にこれらは想定外の状況であると言う。
そう言っているのを聞くたびに、じゃあどれだけのことを事前に想定しているのかと尋ねてみたくなる。
思うに、事前に想定できるなどということは人が勝手にそんなふうに思い込んでいるだけで、自然の動きなどそう簡単にあれこれ明確に想定できるものではないはずである。
人の想定能力などほんのわずかのことしかできない。
それを文明の発達は、未来やどういうことが起きるなどを想定できると勘違いしてしまっている。
いかに緻密な数字を並べてみても、それらはあくまでも机上の計算数字であって決して現実ではない。
事前の想定数字はいとも簡単に打ち砕かれてしまう。
もとからそういう数字を具体的に並べることは、反対に人の心に勘違いや安心感を感じさせてしまって、いざというときにより大きな被害を呼ぶことにもなる。
あくまでも自然災害その他さまざまな出来事は人の予知できる範囲では収まらないことを認識することが大事である。
どんな計画も計算通り順調に進んでいくことはない。必ずどこかに障害や躓きは出てくる。
想定外という言葉は言い訳でしかなく、そこまで考えが及びませんでしたということでしかない。
だからどうすべきかを日々真剣に考える以外にない。
適当に格好だけつけて何事も起こらないことを内心で願うようでは想定外という言葉は使えないし使ってはいけない。
どこかで想定外という言葉は、響きのいい雰囲気言葉になっているように思う。

 

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