実力の時代

これまでの日本の在り方はどこか精神的なものが中心だったと思う。
気力とか根性とか、かあるいは国のためなどという大まかで漠然とした雰囲気的な意味合いが非常に強い。
人に求める側も具体的に何をどおすればいいのかには関係なく相手に強要できる微妙な言葉である。
そこには力関係、権限という無言の力が存在して、よくわからないけれどそれに従わなければならないという雰囲気がある。
特にスポーツの世界はこういう状況が長く続いた。
しかし現在では様々な根性論から、科学的に明確な根拠がはっきりあるものでなければ納得できなくなっている。
人には確かに精神力で乗り切れる力も備わっているが、それは最後の最後で科学でもどうしょうもない情況でのことである。
科学的根拠をベースにして状況分析し、何をどうすればよりよくなるのかを理解して努力していくことがもっとも確実な方法といえる。
最近の日本人のスポーツ界での活躍にはこの科学的手法が大きく関係していることは間違いない。
ちょっと前に流行したハンカチ王子だとか、はにかみ王子などのように直接その人の能力には関係ないところの表現がさもその人の能力のように勘違いされたことは、それがいかに根拠のない能力評価だったかを後日証明することになった。
日本人は、この雰囲気言葉がなぜか好きで、なおかつその言葉に大きく影響される。
今、力を発揮しつつあるゴルファーの畑岡奈紗選手などは新しい日本のこれからを示す選手だと思う。
全く一人でアメリカのツアーに参戦し、その壁に大きくはじき返される経験をもとに、決して諦めない強さと理にかなった理論とその組み立てを持ってしっかりやりながらついにはツアー優勝もし、実力のアップにまい進している。
これからの日本は島国根性といわれるように狭い範囲でのお山の大将から脱皮して、日本独自の新しい流れや理論を構築しなければならない。
何十年も前は何事もアメリカに追随していればよかったかもしれないが、あまりにもその期間が長いために日本独自の手法が確立できなかったようだが、これからは独自の道を切り開くことが必要だ。
ゴルフ界では、すでに岡本綾子、宮里藍が道筋を作ったように、体の大きさだけが最大のメリットではないことも証明されているわけで、日本人の特徴でもある体形に関係なく、様々な独自の理論に基づいて新しい流れを作っていけるはずである。
日本人の器用さは、まずは人のやり方をコピーし、それなりのレベルまで結構早く到達する。                      それだけではその人を追い越すことはできないために、最終的には自分流の新しいやり方を編み出さなければならないところに行く。
実力とは、こうして何度も壁に突き当たりそれをいかにして乗り越えるかを考え努力工夫をすることからその人独自の力として身に付いていく。
さまざまな指南書は限りなく存在するけれど、本人の真剣に得た経験に勝る指南書はない。
知識も必要であることには違いないが、本人の実践経験には勝てない。
実力とはそういうものだろう。
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