偉そうにしても・・

われわれの若いころの電話は、まず受話器を取ってそれから電話機にあるダイヤルに指を入れて相手の番号を一つひとつ回していく。
機械が作動しているという実感が伝わってきた。
ところが今ではそういう動作は無くなり、ダイヤルは番号ボタンに変わりそしてパネルにタッチするだけになった。
そしてまた、何もしなくてもあいての名前を言えば自動的に相手を呼びだしてくれる。
驚くほどの変化が昭和から平成の時代で起きた。
特にこの平成の時代の変化は非常に大きい。
次の時代の元号はどうなるのかわからないが、恐らくもっと変化は激しくなるだろう。
今や日本の中でも戦後世代でさえこの時代の流れには十分にはついていけない。
どこかの大臣が訳の分からないトンチンカンな答弁をしていたが、インターネットの知識やコンピューター機能の知識など残念ながら正味のところほとんど何も分かっていないだろう。
どう頑張っても、分かった振りをすることが精一杯だろう。
これからの政治もとにかく若い人たちが中心にならなければならない。
日々新しい情報や文明が進歩し続けていることを考えれば、今の年寄り連中では、突き詰めてみればとにかくみなさん頑張ってくださいとしか言えないのではないか。
いくら強がって知ったか振りをしてみても恐らく数分後には世界の違いを思い知らされることになる。
これからの時代はどんどん変化が加速し、訳の分からない人たちがその先頭に立って自分たちのペースで歩を進めていては推進力が発揮できず結局は世界で取り残されることにもなりかねない。
国を責任をもって動かす人たちは当然その資格として、少なくとも英語はネイティブに近い話ができることと、インターネットその他自分でそこそこにコントロールできることを条件にすべきだろう。
すでにそういう時代に突入しているのだから、常に「あったらいいね」「そうなったらいいね」などとのんきなことを言っている場合ではありません。
政治家も、どこの大学を出たから何回当選したから要職に付けるだろうなどと、これまでの常識らしい考え方はこの際きっぱり脱ぎ捨てて、改めてこれからの時代には何が必要なのかをもっと真剣に自問自答すべきだろう。
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